「2025年12月インタビュー実施」
逃げていた自分が、グループ長になるまで
2022年(10年目)から20名ほどのメンバーがいる施工技術グループ長という役割を任せてもらっているのですが、主任になった2017年(5年目)頃は、責任意識が薄い人間でした。会社から「主任をやってみないか」と言われたときも、ずっと「なんでやらなあかんのですか?」と逃げていたんです。
最終的には、なし崩し的に主任になったものの、会社の看板を背負っている意識や、「部下の失敗は上司の失敗」という意識はまったくなかったので、現場での態度や振る舞いも決して褒められたものではなかったと思います。
そんな僕が変わったのは、7〜8年目の頃。メンバーが増えて、自分が引っ張っていかないことにはどうにもならないという危機感を抱いたときのことです。それでもまだ、自分が上司に怒られたくないから部下に注意するというスタンスで、自分中心の意識は変わっていなかったと思います。
意識そのものが変わったのは、部下の変化に立ち会ったときですね。昔の自分のようにいいかげんで、仕事に一切身が入らず、何かとごまかす彼に対して、「このまま歳取っていっていいの?」などと注意を続けること約2年。ある日を境に、彼の仕事に向き合う姿勢が180度変わったんです。
不思議に思って聞いてみると、「Yさんの言ってることが少しわかるようになってきました。極端にでも変えてみようかと思いました」とのこと。しかもそれが一時的なもので終わらず、生まれ変わったようになり、貴重な戦力になってくれたという意味でも、大きな手応えを感じられました。本人の将来を本気で考えて、一時あえて厳しく、向き合ったときもありましたからね。
そういう試行錯誤を重ねてきた結果、後輩と接する時、顔色を見ながら、彼らの気持ちを汲み取って話せるようになりました。たとえば気持ちが折れかけている後輩を見つけると、配置を変えるなり、他のメンバーから声をかけてもらうなり、本人がモチベーションを取り戻せるようにいろいろ手を打っています。そしてそれが離職率の低下、モチベーションの向上といった成果に結びついている実感もあります。
本音を言える環境を
後輩と接するうえで特に心がけているのは、物言えない雰囲気をつくらないこと。どれだけ歳が離れていても、意見を言うことができて、変えられるところは変えられる環境、気軽に相談できる関係性を維持するようにしています。本音を言えない会社って、息苦しいじゃないですか。
というのも、僕は入社当時から、常務(現社長)をはじめとした役員相手でも、臆することなく物言うタイプだったんです。若気の至りですが、とにかく生意気で何でも喧嘩腰。社長からも「おまえ、オレ社長やぞ(笑)」と、遠回しに口の利き方や態度について注意されたこともあります。
それでも、当時はまだ整っていなかった社内のルールに対する問題提起にも、きちんと対応して制度を整備してくれるところに信頼を寄せていました。もちろん会社を辞めたい時期もありましたが、行動に移さなかったのはそういう「何でも言える環境」に魅力を感じていたから。
正直、辞める度胸もなかったというか、こんな生意気な若造を受け入れてくれる会社なんてないと思っていたところもありますね。時には、今考えると常識外れな言動もあったかと思いますが、それでも見捨てず向き合い続けてくれたことには感謝しています。
働くうちに性格まで変わった
5年目の頃、主任になることを頑なに拒んでいたのは、失敗することを極度に嫌っていたからでもあります。入社前はとにかく壁にぶつかることを避け続ける人生だったのですが、当社で乗り越えなければならない壁を与えられ続けているうちに、考え方は変わっていきました。
長い目で見れば、その失敗もどこかで生きると体感的に知ってからは、とりあえずやってみようという気持ちで臨めるようになったんです。会社を成長させたり、組織の体制をよくしたりするためにも、そういうプロセスは避けて通れないですしね。
昔は何でもマイナスに捉える超ネガティブ人間だったことを思えば、「何事でもなんとかなる」と前向きでいられるようになったことには自分もまわりも驚いています。恥ずかしくなるほど生意気で無責任だった若造が今、施工技術グループ長を任せてもらっていることも含め、人間として大きく成長させてもらえたのはこの会社のおかげですね。
プライベートでは何をしている?
最近はゴルフにハマっていて、週に2〜3日練習をしています。10年以上前に一度やったときにセンスがないと気づいて、興味を完全に失ったのですが、今はどれだけやってもなかなか上達しないところに、面白みや深みを感じます。
